
ユーザーリサーチとは?

なんとなくで作っていませんか?プロダクトの未来を照らすユーザーリサーチ
昨今、生成AIの進化は目覚ましいものがあります。
アイデア出しからコード生成まで、テキストで指示するだけであっという間に生成できる。
しかし、どんなに強力なエンジンを手に入れても変わらない問いが一つだけあります。
それは、「私たちは、誰のために、どこへ向かうのか?」ということです。
「機能は完璧なのに、なぜか使われない」 そんな悲劇的なプロダクトを、これまでにいくつも見てきました。
その原因の多くは、技術力不足でもデザインセンスの欠如でもなく、単純なリサーチ不足にあります。
ユーザー不在のまま、思い込みだけで作ってしまった結果です。
今回はビジネスを成功に導くための根拠あるデザインの作り方、ユーザーリサーチについてお話しします。
ユーザーを知りたいと思った時に、迷わずに進むための指針になるはずです。
なぜ今、ユーザーリサーチなのか?
そもそも、ユーザーリサーチとは何でしょうか?
それは、ユーザーの行動、動機、課題を深く理解し、共感するためのプロセスです。
単に「何が欲しいですか?」と聞くことではありません。 ユーザーが言葉にできない、あるいは本人さえ気づいていない真のニーズを掘り起こすための作業なのです。
リサーチはプロダクトがもっとスケールしてから、初期段階であればあるほどコストと見なされがちです。
「そんな時間があるなら機能を作れ」なんて言われた経験がある方もきっと多いと思います。
でも、サーチこそが最も確実な投資なんです。
リスクを回避し、意思決定を加速させる
誰も欲しがらないものを作るコストを想像してみてください。
開発にかかった人件費、サーバー代、そして何より、取り返しのつかない時間。
これらを未然に防ぐことができるなら、リサーチにかけるコストは安いものです。
また、リサーチはチームの意思決定を劇的に速くしてくれます。
「私はこう思う」「部長はこう言っている」……そんな主観のぶつかり合いは平行線となり、落とし所を見つけるのも大変です。
そこに「ユーザーはこう行動した」というファクトがあれば、議論は一瞬で終わります。
声の大きい人の意見ではなく、事実に基づいて決める。
これが、健全で強いチームのあり方です。
定性と定量、2つの武器を使いこなす
リサーチには、大きく分けて2つのアプローチがあります。
「定性調査」と「定量調査」です。 これらはどちらが優れているというものではなく、車の両輪のように使い分ける必要があります。
定性調査でWhyを探る
定性調査は、ユーザーの「なぜ」に迫る手法です。
デプスインタビューやユーザビリティテスト、行動観察などがこれに当たります。
数値化できない感情の機微や、行動の背景にある文脈を理解するために行います。
例えば、あるECサイトで「カートに入れたのに購入しない」ユーザーが多いとします。
データだけでは「離脱率が高い」という事実しか分かりません。
しかし、実際にユーザーにインタビューしてみると、「送料が予想より高くて冷めた」「入力フォームが面倒で後回しにした」といった生々しい理由が見えてくる。
この発見こそが、改善の糸口になるのです。
定量調査でWhatを測る
一方、定量調査はなにが・どれくらいを測る手法です。
アンケート調査やA/Bテスト、アクセス解析などが代表的です。 定性調査で得られた仮説が、どれくらいの規模で起きているのかを検証するために使います。
「送料が高い」という意見が、たまたまその一人だけのものなのか、ユーザー全体の8割が感じていることなのか。
それを数字で裏付けることで、優先順位をつけることができます。
発見の定性、検証の定量。 このサイクルを回すことで、デザインの精度は飛躍的に高まります。
主なリサーチ手法
リサーチにおける、代表的なアウトプットを3つ紹介します。
これらは単なる資料ではなく、チームの認識を合わせるためのツールにもなります。
ペルソナ
「20代女性、都内在住」といった属性情報だけでなく、どういう人物なのかを具体的に定義します。
どんな価値観を持っているか、何にストレスを感じているか、叶えたいゴールは何か。
これらを具体的に定義した架空のユーザー像がペルソナです。
「Aさんならこう考えるよね」と、チーム全員が同じ人物を思い浮かべて議論できるようになれば成功です。
カスタマージャーニーマップ
ユーザーがプロダクトと出会い、使い、離脱するまでの一連の流れを時系列で可視化したものです。
各ステップでの行動だけでなく、思考や感情の起伏も書き込むのがポイント。
「ここでユーザーのテンションが下がっているから、ここを重点的に改善しよう」といった具合に、攻めどころを特定するのに役立ちます。
ユーザビリティテスト
実際のユーザーにプロダクトを使ってもらった結果をまとめたものです。
大切なのは、「ユーザーが発した言葉」や「迷った挙動」を事実として記録すること。
「ボタンが見つけにくそうだった」という主観ではなく、「ボタンを探すのに15秒かかり、『どこ?』と呟いた」という事実こそが、説得力を持ちます。
プロダクトと組織、それぞれのフェーズにおけるリサーチ
リサーチはいつやるべきなのでしょうか?
それはプロダクトの成長段階だけでなく、組織の規模によっても変わってきます。
プロダクトのフェーズ別
【立ち上げ期(0→1)】コンセプトの検証
ここが一番の踏ん張りどころです。
まだプロダクトが存在しない段階で、「そもそもこの課題に困っている人はいるのか?」「この解決策にお金を払う価値はあるか?」を検証します。
ここで読み違えると、その後の努力がすべて水の泡になりかねません。
徹底的なインタビューとプロトタイプ検証を行い、PMF(プロダクト・マーケット・フィット)の兆しを探っていきましょう。
【開発・改善期(1→10)】使い勝手の検証
機能が形になってきたら、ユーザビリティテストの出番です。
「意図した通りに使ってもらえるか」「迷うポイントはないか」を確認します。
開発者の常識は、ユーザーの非常識であることが多々あります。
自分たちが作ったものを客観的に見てもらうことで、独りよがりなデザインになるのを防ぎます。
【運用・成長期(10→100)】継続的な改善
リリース後もリサーチは終わりません。
NPSなどの満足度調査や、アクセス解析を用いて、継続的に調査を重ねます。
ユーザーの環境やニーズは常に変化しているもの。
一度作って終わりではなく、常に寄り添い続ける姿勢が大切です。
組織のフェーズ別に見る、ユーザーリサーチ導入タイミング
【創業期(数人のチーム)】全員がリサーチャー
この時期は、CEOもデザイナーもエンジニアも、全員がリサーチャーです。
役割分担をしている場合じゃありません。
全員が肌感覚としてユーザーの痛みを理解していることが、爆速での意思決定と改善につながります。
ドキュメントにまとめる時間があるなら、その場で会話して直す。
創業期は、それくらいのスピード感が命です。
【拡大期(数十人〜)】リサーチの民主化
チームが大きくなり、分業が進むと、どうしてもユーザーとの距離が遠くなるメンバーが出てきます。
ここで重要なのが「リサーチの民主化」です。
インタビューの録画をランチタイムにみんなで見たり、Slackでユーザーの声をリアルタイムに流したり。
「一部の専門家だけがユーザーを知っている」状態を避け、インサイトをチーム全体の共有財産にする工夫が必要です。
【成熟期(大組織)】共通言語としてのリサーチ
部署が分かれ、縦割りの弊害が出やすくなる時期です。
マーケティング部と開発部で想定しているユーザー像が違う、なんてことも起こり得ます。
ここでは、リサーチ結果を共通言語として機能させることが重要です。
ペルソナやジャーニーマップを精緻に作り込み、拠り所となる正解を定義する。
そうすることで、巨大な組織でも足並みを揃えて進むことができるのです。
たった一人から始める「ゲリラリサーチ」
「全員でリサーチなんて夢のまた夢…」 そう感じる方も多いかもしれません。
組織の壁は厚く、リソースも足りない。
そんな時は、まずはデザイナー一人から始められるゲリラリサーチが効果的です。
ソーシャルリスニング
ユーザーに会えなくても、ユーザーの声はネット上に溢れています。
X(旧Twitter)やアプリストアのレビューを見るだけでも、立派なリサーチです。
「何に怒っているのか」「どんな言葉を使っているのか」を観察するだけでも、多くの気づきがあります。
廊下テスト
社内の別部署の人に触ってもらう方法です。
プロダクトに関わっていない社員を捕まえて、5分だけ触ってもらう。
これだけでも、自分たちが気づかなかった分かりにくさがボロボロ出てきます。
また、プロダクトに馴染めていない転職してきたばかりの人もユーザーテストには最適です。
ドッグフーディング
最もはじめやすいリサーチは、自分自身やプロダクト内でユーザーテストをすることです。
誰よりもそのプロダクトを使い倒すことで、ユーザーがつまずくポイントが肌感覚として理解できます。
組織が変わるのを待つのではなく、小さな実績を作って組織を変える。
その第一歩は、あなたから始まります。
よくある落とし穴と回避策
最後に、リサーチ初心者が陥りがちな罠についてお伝えします。
答えを聞いてはいけない
「どんな機能が欲しいですか?」とユーザーに聞いてはいけません。
ヘンリー・フォードの有名な言葉に「もし人々に何が欲しいかと聞いていたら、『もっと速い馬が欲しい』と答えただろう」というものがあります。
ユーザーは自分の課題は知っていますが、最適な解決策を知っているわけではありません。
私たちが聞くべきは解決策ではなく、ユーザーが言語化できていない課題や事実の探究です。
確証バイアスの罠
人間は誰しも、自分の考えが正しいと思いたい生き物。
そのため、無意識のうちに自分の仮説に都合の良い意見ばかりを集めてしまうことがあります。
これを確証バイアスと呼びます。
リサーチをする際は、常にフラットな視点を持ち、「自分の仮説が間違っているかもしれない」という可能性を持つことが大切です。
否定されることは、失敗ではなく学習であり財産です。
愛されるプロダクトを作るために
ユーザーリサーチは、決して難しいことではありません。
それは、私たちが普段、大切な人へのプレゼントを選ぶときにしていることと同じです。
相手は何が好きだろうか、今は何に困っているだろうか。
そうやって相手を想い、理解しようとする姿勢そのものがリサーチなのです。
データや事実は、一見冷たいものに見えるかもしれません。
しかし、その向こう側には、必ず生身の人間がいます。
そこには体温があり、感情があります。 チーム全員でその体温を感じ、ユーザーに向き合い続けること。
それこそが、長く愛されるプロダクトを作るための唯一の道だと、確信しています。
ユーザーの声に耳を傾け、根拠あるデザインで確かな一歩を踏み出しましょう。